社長阿部の『カルトなタオル屋さん』
#2-1 誰にも犠牲にしないモノづくりとは?

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2017年6月3日に開催された弊社初の大規模ファンイベント「今治オープンハウス」でIKEUCHI ORGANIC直近の目標として、「IKEUCHI ORGANICは、2030年のSDGs(国連の推進する持続可能な17の開発目標)達成に向けて、誰も犠牲にしないものづくりを目標とします!」と宣言しました。
宣言の意図について、社長阿部のコメントを全3回に渡ってお届けします。

誰にも犠牲にしないモノづくりとは?

誰も犠牲にしないものづくり。
なんとおめでたい妄想なんだろう。

笑う方もおられると思います。

一見実現不可能な綺麗事に向き合うため、具体的にどういうことを判断基準としていけば「誰も犠牲にならない」ことに繋がるのか? を考えてみたところ、結局は「持続可能か否か」であるという結論にたどりつきました。

一言で言うと非常にシンプルで、わかりやすくはありますが、ここに至るまでの思考過程は簡単に片付けられるものではありませんでした。

弊社が考える「誰も犠牲にしないものづくり」について
・現在の社会背景から
・原材料手配の背景から
・流通・販売面での問題について

の3回に分けて私の考えをお伝えしたいと思っています。

まず本テーマでの第一回目。現在の社会背景から持続可能とはどういうことなのか、についておつきあいください。

身の回りのモノがどういう経路でここまで来たのか?

今の生活で、足りないモノって何でしょう?
生活する上で必要最小限のものは、ほぼ誰でも持っていると思います。

こういう状態が普通だと、あたりまえすぎてどうやって身の周りに溢れているモノたちが自分のもとにやって来たのか?を考える機会がない。というか、必要がないわけです。

何か不自然な方法を経てここまでやって来たとは誰も考えていません。

本当に必要なものか否か?

で、よく考えてみると、身の周りにあるモノたちは自分の生活を便利に、快適に、ラクにしてくれるものであり、これがないと死んでしまう!というモノは案外少ないです。

なくても、とりあえず生きていける。
でも何故あるのか?というと、無いよりはあった方が快適だから。もしくは、満足できるから。という事に尽きるのではないかと思います。

そういう自己満足を満たすために、誰かが犠牲になっている?
とかは考えないわけで、それを知ったところで、どうしようもないし、自分の得にならないから、知らない方がいいのです。

数多ある社会問題

いろんな問題が指摘されていますが、決定的な原因は何か?
ということは人間が不必要な贅沢を続けて来た結果という事で、かなり多岐にわたるので曖昧になっていますし、1つの原因と考えられているものが全てではなく仮にその一つが改善されたからといって、全体の問題が収まる訳ではありません。

ましてや、個人の生活スタイルを省エネルギーや環境配慮型商品の購入などに少しでも変えていけば、多少は気候変動問題の解決になるのでは? と思っても、成果が見えにくいから現在の生活や便利な消費スタイルを維持する方に戻ってしまいます。

例えば食品の安全の問題

これも食品添加物や食糧生産の過程で不自然なものがある。
ということはみなさん薄々気付き始めていますが、結局安全なものを求めようとすると、
「何を以って安全とするか?」
という基準を自分自身が持たない限りは難しいと思います。

現在は情報が氾濫している状態で、その数多ある情報を自身が咀嚼して自分自身が安心・安全という事に対して、どういう判断基準を持つのか? ということを意識して情報に接しないと、結局情報に踊らされて、乗せられてよくわからないものを買わされて、余計混乱して何が本当なのかがわからなくなって、結局止めてしまう。

元に戻ってしまったら、社会問題の解決は結局進まないまま放置されるのと一緒だと思うのですが….。

見えない原因や犯人・成果

現在ある問題は複合的に絡み合っていて、何か一つを改善したとしても、劇的に改善しないものが多く、結局何らかの経済的負担や制約をしても改善の結果が見えにくいため、今までのままでいいとなってしまう。

どうして元に戻ってしまうのかは、冒頭で言及したように現在我々の周りにあるものは、結局人間の利便性や経済性を重視したものなので敢えてそれに逆行する選択やチャレンジをしない方が、ラクに便利に暮らせるからです。

社会問題発生の原因はコレで、犯人はコイツだ!と1つに特定できず皆が刑事のように犯人逮捕のためにボランティアで捜査しながら生活しているようなものなので、その捜査の成果が見えなかったり、捜査にかかる費用を負担できなくなったりすると、もともと、これは自分の本業じゃないよね? と考えて、アホくさくなってやめてしまう。
というのが現実ではないでしょうか。

知らない方が幸せ

こうなると、余計なことは知らずにいた方が今の生活をそのまま続けられるから幸せだったのではないか? という思いもよぎります。

自分の快適さの追求のため、誰かが、もしくは何かが犠牲になっている。などとということは、できれば知らずにいる方が波風立てずにやっていけるし、自分の生計を立てることと社会問題を解決することを両立させることが出来ないから、あまり深入りしない方がいい。と考える人が大半だと思いますし、私もそうです。

何のためにやるのか

確かに、知らないことは罪ではないし、その方がいいという側面もあります。が、インターネットを始めとする情報網の発達が
無知ではいられない現状を作り出しています。

色々な報道等で都合悪いことを知る機会を嫌が上でも得てしまっている現実。

また、仕事をしていく上で倫理的な矛盾と向き合う機会も増えているのではないかと思います。

しかし問題が多岐に亘りすぎていて、どこから手をつけても中途半端な結果にしかならないばかりか、社業でその問題と向き合った際に、業績に与えるインパクトを考えてしまうので、迂闊に改善提案ができない。

単なる短期的な業績で比較した場合、改善の努力をしない方がいい結果を残すことができるという現実を見ると、テキトーによろしくやっていった方が賢いんじゃないか?
とか、
何のためにやっているのかがよくわからなくなってしまう。

実際、何のためにやっているのでしょうか。

問題の単位

じゃあ、できることからやっていこう!と思って何かを始める。

すると、結局問題の根っこはどれも一緒で、人間が快適に生きていくためということが最優先された結果だと気付きます。

もっと言えば、快適さの追求の単位が、時代とともに
自分自身→家族→部族→村→県→国家
という単位で大きくなって来て、その単位以外の不利益はあまり考えて来られなかった。というよりも無視して今までの成長を達成して来ました。

仮に第二次大戦までが「国家」という単位だったとするなら、

戦後は国家の次の単位として「人類」があり、グローバル化という名の下に

世界中(というのは理想で、実際は西側先進諸国)の人々が、同質なものを安価で大量に消費できることに重点が置かれて来たと言えるのではないかと思います。

視野を広げる

結果、最近になって、その単位で考えるのは限界があり、人類の上に「全生物」が、その上に「地球」がある。ということが言われ始めてきました。

いろんなことを考えたり、意思決定していく過程で、その決定が及ぼす影響を誰しもが考えると思います。。

個人で言えば、
身内・親族→職場・学校の課・クラス→職場・学校の部・学年→職場・学校全体
→業界・学区全体 など

その範囲が広がれば広がるほど、問題はややこしくなって意思決定も難しくなりますが、

社会的に成熟している国家や個人ほど、この影響を与えるであろう範囲を広く捉えていると言えるのではないでしょうか。

また、既にその視野を広げて考えないと、地球自体を維持することが不可能な段階に来てしまっていると思います。

続けられるか、続けるとどうなるか?

例えば一つの意思決定に対して、それを続けたらどうなるのか?

を考えることは有効だと思います。

例えば戦争の問題
→武力で威嚇し、支配下に置くというやり方を続けていくと
どうなるか?

例えば資源の問題
→鉱物資源に依存し続けると、どうなるか?

例えば原発の問題
→核廃棄物の処理問題が解決していないのに稼働させ続けていいのか?

例えば農産物の問題
→遺伝子操作した種子から出来た食品を摂取し続けるとどうなるか?
例えば食品添加物の問題→保存性を最優先するために食品添加物を使い続けるとどうなるか?

戦争の問題以外は、今ただちにこれらのものがなくなると、社会が回らなくなります。
かといって、このまま続けていいか?というと疑問があるものが多いのも事実です。

であれば、少しづつ減らしていくことを考えた方が建設的ではないでしょうか。

「誰も犠牲にならない」ということは、短期的に見れば、「何かをやめる」ということなので、その「何か」に関わっていた人々は一時的に不利益を被ることになるため、誰も犠牲にならないといのは不可能という見地もあるかと思います。

今現在不利益を被っている方々やモノ、動物、環境が元に戻ることで、さらに全体の生活を維持できる可能性が増えるとしたらどうでしょうか。

何かをやめる=それを生業としていた人が犠牲になる。
という事ではありますが、大きな流れで言うと、将来的にどちらが持続可能なのかという判断基準で、いつまでにやめるのか。
やめることによって不利益を被る人の生活をどうするのかという事を考えて、お互いが反目し合うのではなく支え合うことが大事ではないかと思います。

第2弾に続きます。

[関連リンク]
■持続可能な開発目標(SDGs)とは[国際連合広報センター]
http://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/sustainable_development/2030agenda/

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